科学研究費補助金 成果報告 長崎大学大学院教育学研究科
科学研究費補助金 基盤研究C 21K02952

研究目的


概 要

 これまでの問題解決的,探究的アプローチによる理科学習は,科学者の科学的探究の論理的・認識論的再構成であり,本来の科学的探究とは言えないことが指摘されている。真に探究する力を養うには,理科学習を科学的探究の単純な論理的・認識論的再構成とするのではなく,本来の高度で複雑な科学的探究に近いものにすることが必要である。

 本研究では,そのために「児童・生徒にとって未知の課題」を組み込んだ理科授業をデザインし実践する。授業には「課題発見・解決」の場面及び言語能力の育成に資する「根拠を明確にして議論する」場面が自然発生的に生じるよう設計する。

 デザインした授業は,動画及び音声発言の分析により,児童・生徒の課題発見・解決のようす,並びに自然発生的に議論する場面が創出できたかどうか,また,児童・生徒及び授業者を対象とした質問紙調査等により検証を行い,本研究で開発した授業デザインが,児童・生徒の科学的探究の学びにとって効果的であるか,また開発したデザイン方略が物理,化学,生物,地学の各分野で有効であるかを明らかにする。



詳 細

①本研究の学術的背景、研究課題の核心をなす学術的「問い」

 わが国の小学校・中学校の理科教育においては,歴史的に問題解決的,探究的アプローチがその基盤となっており,平成29年改訂の小学校学習指導要領(平成29年3月文部科学省告示)では問題解決の力を養うこと,中学校学習指導要領(平成29年3月文部科学省告示)では探究する力を養うことがそれぞれの理科の目標に掲げられている。

 問題解決的,探究的アプローチは,帰納主義の科学観に由来するものである。しかし,問題解決的,探究的アプローチによる理科学習は,これまでの科学者の科学的探究の論理的・認識論的再構成であり,本来の科学的探究とは言えないことが指摘されている。それでもなお,理科教育においては問題解決的,探究的アプローチが支持され続けている。問題解決的,探究的アプローチには,どの年齢層の児童・生徒に対しても,科学(理科)を教えることができるといった大きな利点がある。また,問題解決的,探究的アプローチによる学習は,生徒の学習意欲を高めることなども報告されている(藤田剛志:問題解決学習と学習意欲,長洲南海男編『新時代を拓く理科教育の展望』東洋館出版社,122-132,2006.)。さらに,科学的な思考力・表現力の育成には問題解決的な学習が必要であるとされ,その有用な理科授業デザインにおける学習活動などが検討されている(鈴木一成・森本信也:「科学的な思考力・表現力」を育成する理科授業を支援するための評価の研究―理科授業デザインを支援するためのパフォーマンス評価―,理科教育学研究,54(2),201-214,2013.)。また,知識の活用を目指した探究活動を通して科学的原理・法則に基づく思考を活性化させる授業なども実施されている(坂本美紀・山口悦司ら:科学的な問いの生成を支援する理科授業―原理・法則に基づく問いの理解に着目して―,教育心理学研究,64(1),105-117,2016.)。

 これらのことに鑑み,今後も理科教育において重要な基盤であり続ける問題解決的,探究的アプローチをより効果的なものにしていくことが必要であると言える。その1つの方策として,問題解決的,探究的アプローチによる理科学習を科学的探究の単純な論理的・認識論的再構成とするのではなく,本来の高度で複雑な科学的探究に近いものにすることが考えられる。すなわち,図1の概念図に示すように問題解決や探究における「課題」を児童・生徒にとって「未知の課題」とすることである。

 このような科学者の探究の過程を体験する授業の必要性は,現職の理科教員も述べている(結解武宏:義務教育学校での令和時代の理科教育―「学びの探究者」として科学者の探究の過程を体験する授業と小中異学年合同授業―,理科の教育,69,No.810,20-22, 2020)。実際に授業の中で児童・生徒に課題(問題)を見出させることを意図して教材が選ばれた例として,中学校第1学年での熱分解の薬品として炭酸アンモニウムを使い,発生した気体を溶かした溶液がアルカリ性と酸性の両方の性質を示すもの(山本孔紀:「見方・考え方」を働かせる「物質」の学習―未知の物体の正体を探究する活動を通して―,理科の教育,66, No.784, 735-737, 2017.),小学校第5学年での電磁石の性質では細いエナメル線を与え,ブザーを鳴らすことができない弱い電磁石を製作させ課題とするもの(松山明道:子どもが自ら問題解決に乗り出す理科学習のあり方―5年「フィルムケース電磁ブザー」を製作しながら,エンジニアの文脈をたどる―,理科の教育,68, No.808, 756-758, 2019.)がある。

 一方,平成29年3月に公示された新しい学習指導要領では,「社会に開かれた教育課程」への取り組みを重視するとともに,育成を目指す資質・能力の明確化,そして「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善の推進を掲げた。この「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善では,『授業の方法や技術の改善のみを意図するものではなく,児童生徒に目指す資質・能力を育むために「主体的な学び」,「対話的な学び」,「深い学び」の視点で,授業改善を進めるものであること』や『各教科等において通常行われている学習活動(言語活動,観察・実験,問題解決的な学習など)の質を向上させることを主眼とするものであること』等の指針が示されている。このように,現在の学校教育では言語活動の充実による言語能力と主体的に学習に取り組む態度の育成に向けた授業改善が大きく求められている。

②本研究の目的および学術的独自性と創造性

 本研究で提案する理科学習は,問題解決や探究における「課題」を児童・生徒にとって「未知の課題」とすることにより,問題解決に向かう上での「課題」を児童・生徒自らが見出し,自然発生的に問題解決に向かう議論の場の創出を意図したものである。このような場を創出することにより言語能力と主体性の育成を図ることが期待される。本研究では,一貫したデザイン方略により開発した科学探究的アプローチによる理科授業が児童・生徒の科学的探究の学びにとって効果的であるか,また開発したデザイン方略が物理,化学,生物,地学の各分野で有効であるかを明らかにする。

 本研究の独自性は,教師が明示的に準備した「問題」を子どもたちが解決する過程の中で,教師によって仕組まれたもう一つの隠れた「課題」を見出し,その「課題」発見と解決を図るために自然発生的に議論が巻き起こるような授業デザインを構築することにある。本研究の授業デザイン方略では,より真に近い「科学的探究」学習を意図的に構築するとともに,物理,化学,生物,地学の各分野の多くの学びの場面で利用可能な指針を得ようとするもので,これまでにない創造的な視点からの研究である。

③本研究で何をどのように、どこまで明らかにしようとするのか。

【1年目】
  1. 研究代表者と分担者(山田)とで,問題解決の途上で未知の「課題」に遭遇し,自然発生的に児童・生徒間で議論が発生する科学探究的アプローチによる理科授業デザインの指針を作成する。
  2. 研究代表者と分担者(山田)及び各分野の分担者(福山,林,大庭,工藤,隅田)とで,教科書に記載された観察・実験例をもとに,観察・実験条件の一部を削る,あるいは変更することにより学習者にとって見通しを持ちにくい,あるいは見通しを持ったとしても結果がその見通しを裏切る観察・実験を設計する(教材:申請消耗品)。
  3. 研究代表者と分担者(山田)及び研究協力者である前田勝弘・山田仁子(本学教育学部附属中学校理科教諭)と松本 拓・才木崇史(本学教育学部附属小学校理科教諭)とで,デザインした観察・実験を取り入れた授業指導案を作成する。
  4. 附属中学校では研究協力者の前田が,附属小学校では松本がデザインした授業を実践する。その模様を,研究代表者と分担者及び研究補助者(事務補佐員)とで観察・記録する。記録は,3台のビデオカメラ(所属機関で所有)と班ごとに6~8台のICレコーダー(申請消耗品)を用いて教室内の児童・生徒の活動・発言を記録する。
  5. 研究代表者と研究補助者(技能補佐員)とで授業の動画及び音声分析を行い,児童・生徒の課題発見場面及び自然発生的な議論の発生場面を抽出し,その頻度のカウントと内容分析を行う。
  6. 研究代表者と分担者(山田)とで,課題発見,言語活動に関する質問項目を作成する。作成した質問紙は,学部の研究倫理委員会の審査を受け,調査の実施について了解を得ておく。
  7. 授業者及び児童・生徒を対象に課題発見,言語活動に関する質問紙調査を実施する。その結果を動画・音声分析結果と合わせて研究代表者が統計分析する。
  8. 研究結果の一部を日本理科教育学会(群馬)において発表する(申請旅費)。
【2年目】
  1. 1年目の結果を学術誌に投稿する。また,ホームページを開設し結果を公開する。
  2. 1年目の結果分析から修正が必要な箇所を明らかにするとともに,1年目に取り上げなかった単元について1年目と同様に授業デザインを行う。
  3. デザインした授業について1年目と同様に授業実施,観察・記録,分析を行い,目的が達成できているか,検証する。
  4. 検証結果について,日本理科教育学会(旭川など)において発表を行う。また,ホームページに結果を公表する。